アオリイカを釣り上げて、目と目の間をピックで突く。白くなるはずが、ならない。半分だけ白い。もたついているうちに墨を吐かれる — 筆者がエギングを始めてから繰り返してきた失敗です。解説を探しても「目と目の間のあたりを刺す」で止まっていて、なぜそこなのか、なぜ 2 回刺すのか、なぜ半分だけ白くなるのかまで教えてくれる記事は見つかりませんでした。
この記事は、その「大体この辺」を卒業するために、イカの解剖学まで遡って調べ切った締め方ガイドです。急所の正体 (数 mm のドーナツ状の脳と、前後に伸びる 2 系統の神経)、刺す向きと深さの目安、色が抜けない時の逆引き診断表、漏斗から墨袋を綺麗に抜く方法まで、自作の図 3 枚で解説します。
締めると何が変わる? #
締めの正体は「神経の信号を止める作業」です。信号が止まると暴れによる消耗が止まって鮮度が保たれ、突然の墨吐きもなくなり、持ち帰りの状態が安定します。墨を吐く動作も神経の信号で起きているので、締めが決まって色が抜ければ、それ以降に吐かれることはありません。
締め方にはピックで突く・ハサミで切る・手で締めるなど色々ありますが、「神経を断つ」という原理はどれも同じです (氷水で活動を止める氷締めだけは別原理)。この記事では、最もピンポイントで確実、かつ墨を吐かれにくいピックの 2 突きを扱います。魚の神経締めのようにワイヤーを通す必要はなく、ピック 1 本で完結します。
正直に書くと、筆者は小さな個体なら締めずにそのまま持ち帰ることもあります。ただ、良型を最高の状態で持ち帰りたい場面で「確実に締められる」かどうかは大きな差になります。数 mm の急所を理屈で理解してしまえば、特別な技術は要りません。
アオリイカの急所はどこ? #
急所は目と目の間にある脳です。ただし脳は数 mm しかないドーナツ状の器官で、実際に断つのは脳そのものというより、脳から前後に伸びる 2 系統の神経です。

イカの脳は、左右の目の中間、頭蓋軟骨(とうがいなんこつ)というカプセルの中に 1 つだけあります。形はドーナツ状で、中央の穴を食道が貫通しています。イカが獲物をクチバシで細かく噛み砕いてからしか飲み込めないのは、大きな塊を飲むと脳を内側から傷つけてしまうからです (頭足類の解剖学では有名な構造で、大学の解剖資料でも紹介されています。実物の解剖写真はイカ解剖ブログ「キリンはハマグリのなかま」が分かりやすいので、本物を見たい方はどうぞ)。
締めで大事なのはここからです。このドーナツの後ろの縁からは胴へ向かう外套神経(がいとうしんけい)が左右 1 本ずつ、前の縁からはゲソへ向かう腕神経(わんしんけい)が腕ごとに 1 本、計 10 本伸びています。つまり脳は、胴系統とゲソ系統が分岐するハブのような場所です。
胴行きの配線は電力網に例えるとよく分かります。脳(司令室)→ 外套神経(幹線、左右 1 本ずつ)→ 星状神経節(せいじょうしんけいせつ = 胴の内壁にある変電所、左右 1 個ずつ)→ 巨大軸索(きょだいじくさく = 筋肉への配線) という一本道。巨大軸索は最太で直径約 1mm と動物界最大級の神経で、胴全体を同時収縮させてジェット噴射するための設計です。ホジキンとハクスレーが神経の電気信号の仕組みをこの巨大軸索で解明し、ノーベル賞を受けたことでも知られています。
締めとは、この幹線を根元 (脳のすぐ近く) で断つこと。上流を断てば、変電所も配線もその先の筋肉も、全部まとめて止まります。
どこをどう刺すと締まる? #
入口は目と目の間 (目の上端の少し下) の 1 箇所だけ。そこから刃先を胴側へ倒して突けば胴が、ゲソ側へ倒して突けばゲソが締まります。

ポイントは「入口を変えるのではなく、刃先の向きを変える」ことです。脳は数 mm しかないので、位置さえ的確に捉えられれば、同じ入口から刃先の向きを胴向き・ゲソ向きに変えるだけで、両方の神経を断てます。刺し分けているのは入口ではなく、「刃のラインがどちらの神経の根元を横切るか」です。
手順:
- 入口: 目と目の間、高さは目の上端の少し下
- 深さ: 刃先が「目の中心の深さ」に届くまで。脳は表面に近い軟骨のケースの中にあるので、奥まで刺す必要はありません。表皮のあとに軟骨の硬い抵抗があり、コリッと抜けた先が脳のエリアです
- 1 突き目 (胴): 刃先を胴側へ 45° ほど倒して突く → 胴の色が抜けたら成功
- 2 突き目 (ゲソ): 同じ入口から刃先をゲソ側へ倒して突く → ゲソの色が抜けたら完了
45° という数字はあくまで目安です。本質は刃のラインが神経の根元を横切ることなので、脳を的確に捉えられればもっと浅い傾きでも締まります。ただし斜めのラインは神経の走行と長く重なるぶん、入口や深さが数 mm ズレてもどこかで交差してくれる — つまり 45° は誤差に強い保険です。慣れないうちは 45° を目安に、上達したら小さくしていくのがおすすめです。
ひとつだけ注意を。胴側 45° の延長線上には墨袋が待っています。深く刺しすぎると墨袋を破って手も釣り座も真っ黒になるので、「目の中心の深さまで」を守り、足りなければ色を見ながら少しずつ進めてください。
なお、ドーナツ状の脳と前後 2 系統の神経という設計はイカに共通なので、ケンサキイカやマルイカなど他のイカでも同じ理屈で締められます。サイズに合わせて道具の長さを変えるだけです。
筆者が使っているのはヤマシタの「エギ王 イカ絞め」です。錆びに強いステンレス刃で、エギのカンナ曲がりを直す治具と安全キャップ付き。全長 12cm はキープサイズの目安を兼ねる設計です (公式仕様)。
色が抜けない・半分だけ白い時は? #
色が残った側の神経がまだ生きているサインです。残った側へ刃先を向け直して、もう一突きしてください。
締めの成否は色で判定します。イカの体表の模様は「色素胞(しきそほう)」という色素の袋が神経の信号で開くことで現れています。神経が止まると袋が閉じて模様が消える — つまり色が抜けた領域 = 神経が止まった領域という、生理学的に正確なサインです (色素胞の仕組みは九州大学などの研究で解明されています)。
大事なのは色の変わり方の順番です。締めた直後は白ではなく、透明に近い色になります。白く濁ってくるのは時間が経ってから。「白くならない!」と焦る前に、透明になっているかを見てください。
| 色の状態 | 意味 | 次の一手 |
|---|---|---|
| 全体の色が抜けた (透明〜白) | 両系統とも遮断 = 締め完了 | 墨袋採取・持ち帰りへ |
| 胴だけ色が残る | 胴行きの幹線が生きている | 刃先を胴側へ倒してもう一突き |
| ゲソだけ色が残る | ゲソ行きの神経が生きている | 刃先をゲソ側へ倒してもう一突き |
| 胴の左右半分だけ色が残る | 左右一対の外套神経の片側が生存 | 刃先を残った側へ少し振ってもう一突き |
| 一部の腕だけ色が残る | その腕の神経が生存 | 残った腕の側へ向け直してもう一突き |
| どこも変わらない | 刃が脳・神経を外れている | 入口 (目の上端の少し下) と深さ (目の中心まで) を確認して刺し直し |
締めた後にゲソがピクピク動くことがありますが、これは失敗ではありません。腕には 1 本ずつ神経索が通っていて、根元で断った後も末端がしばらく自律的に反応するためです。判定は動きではなく、色で行ってください。
墨袋はどこ?綺麗に抜く方法 #
墨袋は胴の入り口近くの腹側にあり、外から白っぽく透けて見えます。漏斗(ろうと)からキャッチャーを差し込むと、墨の通り道を逆走して確実に墨袋へ届きます。

墨は「墨袋 → 導管 → 漏斗」の順で吐かれます。だから漏斗 (墨と水の噴射口) から道具を入れれば、通り道を逆にたどって、見えなくても必ず墨袋に届く — これがこの方法の理屈です。漏斗の内側は滑り台のような形をしていて、道具を自然に奥へ導いてくれます。
手順 (イカは漏斗側を上に持ちます):
- 腹側に白く透ける影 = 墨袋の位置を目で確認
- 漏斗からキャッチャーを閉じたまま差し込む
- 下に押さえ込んで先端を墨袋の下へ。そのまま奥まで滑らせると、墨袋がハサミの根元側に収まる
- 根元で挟んで閉じ、ゆっくり真っ直ぐ引く → 内臓ごとスルッと抜けます
破れるとしたら「押さえが甘いまま閉じた時」です。逆に言えば、きちんと挟めればそうそう破れません。焦らずゆっくり、が全てです。
筆者は宇崎日新のブラックジャガー墨袋キャッチャー (ストッパー無し) を 180mm と 140mm の 2 本使いしています。使い分けはイカのサイズで、アオリイカは 180mm (短いと奥の内臓まで届きません)、マルイカなど小型は 140mm。ストッパー無しを選んでいるのは、マルイカの数釣りでカチカチ止まるタイプだと手数が出ないからです。同等品は各社から出ているので、鉗子型・ストッパー無しを目安に選べば何でも構いません。
抜いた墨袋と内臓は厚手の袋に入れて持ち帰ります (薄い袋は破れると大変なことになります)。墨はイカ墨パスタなど料理に使ってもいいですし、筆者は生ゴミとして処分しています。
締めた後の持ち帰り方 #
筆者の持ち帰り方はシンプルです。クーラーに氷を入れ、イカはジップロックに海水と一緒に入れて、氷に直接触れさせない。これだけです。墨袋は締めた後・袋に入れる前に抜いておくと、クーラーの中で墨まみれになる事故がなくなります。
厚手のジップロックを複数枚持っていくと、イカの持ち帰り用・墨袋の持ち帰り用と使い分けられて便利です。墨袋用は厚手であることが特に重要で、薄い袋だと破れた時が大変です。
クーラーは、筆者がエギングで使っているのは 17L のものです。日帰りの秋イカなら、氷とジップロック数枚を入れてもこのサイズで足ります。
公式動画で全体の流れを確認 #
ヤマシタ公式の実演動画です。締めから墨袋処理までの一連の流れを、実物の動きで確認できます。本記事の図と合わせて見ると、それぞれの動作の意味が分かるはずです。
まとめ: 理屈が分かれば迷わない #
- 急所は目と目の間の数 mm のドーナツ状の脳 — 実際に断つのは、そこから前後に伸びる 2 系統の神経
- 入口は 1 箇所。刃先を倒す向きで胴 (後ろ) とゲソ (前) を刺し分ける。45° は誤差に強い目安
- 深さは刃先が目の中心に届くまで。深追いは墨袋破裂のもと
- 判定は色。締めた直後は透明、やがて白へ。色が残った側へ向け直してもう一突き
- 墨袋は漏斗から逆走。押さえてから根元で挟み、ゆっくり引けば内臓ごと抜ける
秋イカ開幕の準備は秋イカエギングの始め方にまとめてあります。今季は釣った 1 杯を、迷わず綺麗に持ち帰りましょう。
よくある質問
アオリイカの締め所はどこですか?
どのくらいの深さまで刺せばいいですか?
締めたのに白くなりません。失敗ですか?
半分だけ白くなるのはなぜですか?
締めた後にゲソが動くのは失敗ですか?
イカの墨袋はどうやって取ればいいですか?
about the author
マグロキャスティングを軸に、ジギング・エギング・ショアの実釣を本音で発信。2018 年再開、相模湾を主戦場に活動中。



